千三百年の間、藤原氏に消されてきた伯耆国(鳥取県中西部)の真実の歴史が今よみがえる
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サイの尾・猿田彦
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2024-03-16T18:56:14+09:00
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古代の都は鳥取県にあった
https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/202205300000/
古代の都は鳥取県にあった 結論だけを書きますので、理由はそれぞれのカテゴリをご覧ください。今までの調査の結果です。 1 天照大神と徐福⑴ 天照大神の名の由来 第1次の徐福(紀元前219年)は米...
サイの尾・猿田彦
2024-03-16T18:56:14+09:00
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youtubeサイの尾・猿田彦chを開設しました
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youtubeサイの尾・猿田彦chを開設しました。立体動物キャラクターがしゃべります。https://www.youtube.com/channel/UCoP4goO7QAWB569KsKiIXNQチャンネル登録、よろしくお願いします。 ヤフオクで紙の本「真...
サイの尾・猿田彦
2022-05-27T12:03:13+09:00
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丁未の乱について
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丁未の乱(ていび らん)について 1 宣化・敏達・用明・崇峻は百済王であった。 (1)宣化は百済王であった。 この時の倭国王は蘇我稲目大王であった。別稿「535年から乙巳の変(いっし へん)までの11...
サイの尾・猿田彦
2022-02-19T08:15:13+09:00
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藤ノ木古墳は鳥取県中部の一族が築造した
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藤ノ木古墳の4つの特徴 1横穴式石室の円墳 2石棺が朱塗り 3同棺複数埋葬 4江戸時代まで陵堂があり墓守がいた 1 横穴式石室の円墳 (1) 鳥取県北栄町の瀬戸古墳群2号墳は巨石を5枚使用した横穴...
サイの尾・猿田彦
2022-02-07T00:26:39+09:00
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出雲国(島根県東部)の首長は誰であったか
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第7節 出雲国(島根県東部)の首長は誰であったか1 私見出雲族は殷(いん)王朝(おうちょう)末裔(まつえい)の準王一族であった。準王一族はその王の名を代々長髄彦(ながすねひこ)・大己貴(おおなむち)神と呼...
サイの尾・猿田彦
2022-01-12T18:44:29+09:00
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三神社の由緒に見る稚日女命(卑弥呼)と神功皇后(台与)との関係
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1 神戸の生田神社の由緒 当社にお祀りする稚日女尊は、我国における最高神太陽神と崇められ伊勢神宮内宮にお祀りされる天照大神の「和魂あるいは妹神」と伝えられ、稚くみずみずしい日の女神様であり、物を生...
サイの尾・猿田彦
2021-09-22T14:25:45+09:00
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八橋(鳥取県東伯郡琴浦町八橋)の地名由来(伝承)について
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八橋の地名由来(伝承)について 1 八橋(鳥取県東伯郡琴浦町八橋)の地名由来(伝承)は以下のようである。 「神代の昔、大国主神の娘である高姫神(下照姫)が、国土経営のため、出雲から加勢蛇川のほとり...
サイの尾・猿田彦
2021-07-12T21:52:26+09:00
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鳥取県湯梨浜町の出雲山に行ってきました
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1 出雲山について 鳥取県琴浦町八橋の地名由来(高姫の伝承)は倭国の笠縫邑を消すために創作されていた。湯梨浜町宮内の下照姫(高姫)の伝承も何かを消すために創作されたのではないか、と推測される。下...
サイの尾・猿田彦
2021-07-07T10:26:17+09:00
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倭国大乱における卑弥呼(稚日女命)の痕跡
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稚日女命(倭迹迹日百襲媛命)は四国(讃岐)より応援にきて瀬戸内・吉備国を平定し鳥取県の東部から中部・西部・出雲国と平定していった。この倭国大乱(弥生後期)以降中国地方では青銅器(銅鐸・銅剣・銅矛...
サイの尾・猿田彦
2021-07-04T10:50:06+09:00
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鳥取県北栄町の三輪神社(天忍穂耳)と国坂神社(大国主)
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1 鳥取県北栄町下神の三輪神社と三輪山 下神の坂の途中にある三輪神社跡の石碑。 下神の坂の途中にある三輪神社跡の石碑 蜘ヶ家山(葛城山)より。左側が松神。右側が下神。下神の上、木の茂っているあ...
サイの尾・猿田彦
2021-07-02T06:59:07+09:00
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倭健命ゆかりの地に行ってきました
https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/202106270000/
1 倭建命が矢を放った矢筈山のあるのは関金町清水集落の奥ではなく、蒜山の郷土史家によると犬挟峠の東であった。 倭建命は矢筈山で「この矢のとどく限り兇徒悪魔は退散して我が守護の地となれ」と念じ矢を放...
サイの尾・猿田彦
2021-06-27T18:58:19+09:00
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葦原中津国の平定(国譲り)
https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/202106240000/
1 邇邇芸が葦原中津国を平定をした頃(紀元前160年頃)は海面が今より4m高かった。笠沙之御前は鳥取県北栄町の北条砂丘であった。笠沙之御前の右下(天神川河口)は記録によると何度も洪水にみまわれて...
サイの尾・猿田彦
2021-06-24T10:27:58+09:00
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八俣大蛇の舞台は鳥取県三朝町山田であった
https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/202106220000/
八俣大蛇の舞台は鳥取県三朝町山田であった1 須佐之男は徐福一行(紀元前210年の第2次)のメンバーであり、徐福に次ぐリーダーであった。須佐之男も徐福(天照大神)と船で辰韓(のちの新羅)より伯州(...
サイの尾・猿田彦
2021-06-22T15:03:24+09:00
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朝鮮半島に三韓ができるまでの中国・朝鮮の歴史
https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/202106190000/
朝鮮半島に三韓ができるまでの中国・朝鮮の歴史1 中国の春秋戦国時代に河北省、遼寧省、山東省辺りにあった燕や斉は秦国に滅ぼされ、難民が朝鮮半島に流れ込んだ。韓も紀元前230年に秦によって滅ぼされ...
サイの尾・猿田彦
2021-06-20T08:59:52+09:00
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神倭磐余彦4兄弟は鬼八(略奪集団)を平定するために、九州に行った
https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/202106160001/
神倭磐余彦4兄弟は鬼八(略奪集団)を平定するために、九州に行った。1 九州には生贄の風習のある鬼八がいて渡来人を掠め取っていた。御毛沼命は常世国から渡来しようとする者に「朝鮮半島の辰韓を経由して倭...
サイの尾・猿田彦
2021-06-16T20:32:33+09:00
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葦原中津国の中心(北栄町大島)に行ってきました
https://plaza.rakuten.co.jp/kodaisi/diary/202106160000/
1 北栄町大島(旧島)の全体像。 伊邪那岐(大神)・伊邪那美は天照大神(徐福)が連れてくる三千人の少年少女を住まわす国を北栄町大島を中心にして造っていた。伊邪那岐(大神)はその三千人のために「千五...
サイの尾・猿田彦
2021-06-16T06:14:33+09:00